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静岡地方裁判所 昭和33年(わ)145号 判決

被告人 臼井静 外四名

主文

被告人青木薪次を罰金五千円に、

被告人岡崎武を罰金四千円に

処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、公職選挙法二五二条一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

右被告人両名に対する公訴事実中、

被告人青木が、被告人岡崎に対し、「国労静岡」昭和三三年四月三〇日附号外を頒布することを教唆し、これに基き、被告人岡崎が、

一、昭和三三年五月一五日頃袖師町西久保一五一番地宮川隆吉方他五ヶ所において、宮川安江他五名に対し、右号外合計六九枚を交付し、

二、同月一七日頃同町嶺二四三番地東亜燃料工業株式会社嶺アパートにおいて、粉川笑子に対し、右号外約一八枚を交付し、

以て、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布したとの点につき、同被告人らは無罪。

被告人臼井静、同浅見秀夫、同松浦茂は、無罪。

理由

第一、被告人青木薪次、同岡崎武の有罪部分

罪となるべき事実

被告人青木薪次は、国鉄労働組合静岡地方本部委員、同労組清水地区協議会議長であつて、昭和三三年五月二二日施行された衆議院議員選挙に、静岡県第一区から立候補した右静岡地方本部執行委員長勝沢芳雄のため清水地区における勝沢選挙対策委員会の議長として、選挙活動を行つていたもの、

被告人岡崎武は、国鉄労働組合の組合員であり、静岡県庵原郡袖師町勤労者協議会の議長をしており、勝沢候補の駅別選挙対策委員会の委員となつたものである。

一、被告人青木は、右勝沢芳雄を当選させるため、右袖師町勤労者協議会所属の労働者に対し、

(イ)  前記勝沢芳雄の氏名、写真及び経歴を掲載した「経歴」と題する大きな横約二六センチメートル、縦約一八センチメートルの選挙運動に使用する法定外文書を頒布し、

(ロ)  国鉄東海道線清水駅発の上り・下りの列車の発車時刻を記載し、その中央に「国鉄労組静岡地方本部執行委員長勝沢芳雄」と印刷した「列車時刻表」と題する大きな横約二〇センチ・メートル、縦約二七センチ・メートルの文書を、公職選挙法一四二条の禁止を免れる行為として、頒布しよう、

と考え、昭和三三年五月一日清水駅講習室(通称貨物の二階)において、被告人岡崎武に対し、勝沢候補の選挙運動として、文書の頒布方を依頼したうえ、同月六日頃から、同月一四日頃までの間に、逐次右(イ)(ロ)の文書を清水市真砂町四六番地今村高五郎方に、「袖師」と記載した封筒に入れて送付して、被告人岡崎に交付し、以て、右各文書を袖師地区の労働者に頒布すべきことを教唆し、これに基き、被告人岡崎は、いずれも、右選挙運動の期間中、右勝沢を当選させるため

(一)(1) 同年五月七日頃の午後三時頃静岡県庵原郡袖師町西久保三九〇番地日本高圧株式会社事務室において、同会社常務取締役富岡光四郎に対し、前記(ロ)の列車時刻表約二〇枚を交付し、

(2) 同月一〇日頃の早期同町西久保一五一番地東亜燃料工業株式会社西久保寮において、管理人川岸正重に対し、前記(ロ)の列車時刻表約三〇枚を交付し、

(3) 同月一一日頃の午後三時頃同町西久保一三六番地東亜燃料工業株式会社西久保社宅西久保第一三部落長外木雅哉方において、同人に対し、前記(ロ)の列車時刻表約七一枚を交付し、以て、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、前記勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布し、

(二) 同年五月一一日頃の午前一〇時頃から同一一時頃までの間に、同町横砂一、一二七番地の一一東亜燃料工業株式会社横砂社宅横砂第一五部落長堀井源三郎方他一六ヶ所において、堀井節子他一六名に対し、

(1) 法定外文書である前記(イ)の「経歴」と題する文書合計一三枚を交付して頒布するとともに、

(2) 前記(ロ)の列車時刻表合計一七枚を交付し、以て、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、

右勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布した。

二、被告人青木薪次は、右一、同様の趣旨で、前記(ロ)の各文書を清水地区の居住者に頒布しようと考え、同年五月一四日頃清水駅構内職員食堂において、星野晃に対し、勝沢候補の選挙運動として文書の頒布方を依頼して教唆し、これに基き、星野晃は、右勝沢を当選させるため、選挙運動期間中である同日清水市入江元屋敷一、三七七番地杉山忍方他四ヶ所において、同人他五名に対し、前記(ロ)の列車時刻表合計八枚を交付し、以て公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、前記勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布した。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

一、(一) 被告人両名につき。

判示一(一)の各所為。公職選挙法一四六条一項に違反し、同法二四三条五号に該当。

判示一(二)の所為中

(1)の所為、同法一四二条に違反し、同法二四三条三号に該当。

(2)の所為、同法一四六条一項に違反し、同法二四三条五号に該当。右は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合に該当するから、刑法五四条一項前段、一〇条により、犯情の重い右(2)の罪の刑に従う。

右各所為につき、被告人青木に対しては、さらに刑法六一条一項を適用。

被告人両名につき、右各罪に定められた刑のうち、いずれも罰金刑を選択。

(二) 被告人青木につき、

判示二の所為。公職選挙法一四六条第一項に違反し、同法二四三条五号、刑法六一条一項に該当。

二、被告人両名につき。

(一)  右各罪は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により、罰金額を合算。

その金額の範囲内で、被告人青木薪次を罰金五千円に、同岡崎武を罰金四千円に処する。

(二)  換刑処分。刑法一八条。右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

(三)  公民権の不停止。公職選挙法二五二条三項。

第二、無罪部分(一)。被告人浅見秀夫の分。

被告人浅見秀夫に対する本件公訴事実の要旨は、

同被告人は、国鉄労働組合静岡地方本部静岡支部の副委員長であり、昭和三三年五月二二日施行された衆議院議員総選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄の選挙運動に従事したものであるが、右候補に当選を得しめる目的をもつて、

第一、その選挙運動期間中である同月五日右勝沢芳雄の写真を登載し、「勝沢芳雄を当選させよう」旨及び勝沢芳雄の「働く者が幸せになるために」と題し、立候補の所信を印刷してある国鉄労働組合静岡地方本部発行の機関紙である五月二日付「国労静岡」二一五四部、を静岡市用宗鉄道宿舎梅木きく外二、一五三名に対し、静岡市御幸町所在の静岡郵便局より料金別納郵便扱にて郵送し、

第二、その選挙運動期間中である同月一九日「勝沢芳雄を当選させよう」旨、及び「総選挙終盤戦に突入、推せん候補各地で奮闘、静岡県第一区は苦戦中」または、「勝沢候補の必勝を誓いみんなで全力をつくそう」と題し、組合員及びその家族の選挙運動への協力を求める記事を印刷してある国鉄労働組合静岡地方本部発行の機関紙である五月一六日付「国労静岡」二、五一一部を、静岡市八幡本町四丁目一六番地の六石原だい外二、五一〇人に対し、前記静岡郵便局より料金別納郵便扱いにて郵送し、もつて、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、機関紙名下に、右選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄候補の氏名を表示した文書を頒布したものである。

というのである。

而して、昭和三三年(ワ)一七〇号事件の、証人林正人、同千頭和錬太郎、同広瀬重夫、同上田克已、同井上徹、同望月今子、同沢本忠夫の各当公判廷における証言、被告人の当公判廷における供述と、押収してある郵便料金受領証綴二冊(昭和三三年領第九八号の一、二)証票綴一冊(同押号の二〇)を総合すると、国鉄労働組合静岡地方本部教宣部の書記である林正人が、同地本を発送名義人とし、同地本の経費を以て、前記のごとく、「国労静岡」を発送したことは認められるが、被告人浅見が、この発送に関与したと認めるにたる確証はない。もつとも、同被告人は、司法警察員及び検察官に対しては、その発送の現場において発送を指揮し、静岡地本傘下の静岡支部の経費からその発送に要する費用を支出することとし、同被告人において、一時これを立替え支出した旨を供述し、これにそう林正人の検察官に対する供述調書がある。さらに、前掲各証拠によると被告人浅見は、静岡支部の副委員長であつたが、勝沢芳雄の選挙運動は、静岡地本が主体となつてこれを行い、被告人浅見は、静岡市、安倍郡地区のオルグを担当していたこと、当時、他の地本、支部の役員はほとんど他の地域で選挙運動を行つていて、同被告人と地本執行委員長千頭和錬太郎が在静するに過ぎなかつたこと、組合書記である林正人は、組合役員の指示なくしては、機関紙を右のごとく発送しなかつたであろうことが認められる。かような事実に基けば、被告人浅見が、いずれかの機会に、右機関紙の発送に指示を与えたのではないかと思われる節もないわけではないが、前記同被告人の供述調書の記載のごとく、発送の現場で指示を与えたと認め得るにたる他の証拠はなく、また同被告人が発送経費を静岡支部のため立替え支出したという供述記載は、前段認定の事実と反するところである。この事実から判断すると、捜査官は、右発送に使用された小票(名宛人を印刷した紙片)が静岡支部で作成されたことに着目して、発送の責任者を追及し、被告人浅見がこれに迎合した供述をなしたものであることがうかがえるので、その供述記載は、必ずしも全面的に信用することはできない。

かようなわけで、被告人浅見に対する本件公訴事実については、これを認定するにたる確証がないものとして、刑事訴訟法三三六条後段により、同被告人に対し無罪の言渡をする。

第三、無罪部分(二)。被告人臼井静、同松浦茂の分

被告人青木薪次、同岡崎武の無罪部分

〔公訴事実〕

一、被告人臼井静に対する本件公訴事実の要旨は、

同被告人は国鉄労働組合静岡地方本部教宣部長の職にあるものであるが、昭和三三年五月二二日施行された衆議院議員選挙に際し、

(一) その選挙運動期間中である五月二日頃右組合の機関紙である五月二日付「国労静岡」二八五号に、右選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄の写真を登載し、「勝沢芳雄を当選させよう」旨及び勝沢芳雄の「働く者が幸せになるために」と題し、同人の立候補の所信を印刷したうえ、これを、右地方本部管下の各職場にに送付し、

(二) その選挙運動期間中である五月一〇頃、四月三〇日付前記「国労静岡」号外に、右勝沢芳雄の写真及びその経歴を登載し「搾取のない世の中をつくるため勝沢芳雄の推せんを決定」と題し、勝沢芳雄を衆議院選挙に静岡県第一区から立候補させ推せんすることとに決定した旨、及び「さあ選挙だ! 俺達の代表を国会へ送ろう」旨印刷したうえ、これを前同様送付し、

(三) その選挙運動期間中である五月一六日頃、同日付の前記「国労静岡」二八七号に「勝沢芳雄を当選させよう」旨、及び「総選挙終盤戦に突入、推せん候補各地で奮闘、静岡県第一区は苦戦中」または「勝沢候補の必勝を誓いみんなで全力をつくそう」と題し、組合員及びその家族の選挙運動への協力を求める記事を印刷したうえ、これを前同様送付し、

もつて公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として機関紙或いは機関紙号外名下に右選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄候補の氏名を表示した文書を頒布したものである。

二、被告人松浦茂に対する本件公訴事実の要旨は、

同被告人は、国鉄労働組合静岡地方本部の執行委員であり、昭和三三年五月二二日施行された衆議院議員総選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄の選挙運動に従事していたものであるが、右候補に当選を得しめる目的をもつて、その選挙運動期間中である同月一八日午前九時頃小笠郡菊川町所在国鉄菊川駅休養室において、前記のごとき記事の記載された「国労静岡」四月三〇日付号外約四〇部及び同二八七号約三〇部を国鉄職員森下計雄外七名位の者に対し各数部宛配布し、もつて公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として機関紙或は機関紙号外名下に右選挙に静岡県第一区より立候補した勝沢芳雄候補の氏名を表示した文書を頒布したものである。

三、被告人青木薪次、同岡崎武に対する本件公訴事実の要旨は、

(一) 被告人青木は前記勝沢芳雄を当選させるため、被告人岡崎に対し、前記のごとき記事の掲載された「国労静岡」四月三〇日号外を頒布すべきことを教唆し、これに基き、被告人岡崎は、その趣旨で、選挙運動期間中、

(1) 昭和三三年五月一五日午前九時三〇分頃から、同一〇時三〇分頃までの間に、庵原郡袖師町西久保一五一番地東亜燃料工業株式会社西久保社宅西久保第一三部落第四班長宮川隆吉方他五ヶ所において、宮川安江他五名に対し、右号外合計六九枚を交付し、

(2) 同月一七日の午前一〇時頃同町嶺二四三番地右会社嶺アパートにおいて、粉川笑子に対し、右号外約一八枚を交付し、

以て、それぞれ、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、右勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布した。

(二) 被告人青木は、右(一)と同様の趣旨で、同年五月一四日頃清水駅構内職員食堂において、星野晃に対し、右「国労静岡」号外を頒布すべきことを教唆し、これに基き、星野晃は、前記勝沢を当選させるため、選挙運動期間中である同日清水市入江元屋敷松浦光平他五ヶ所において、同人他五名に対し、右号外合計八枚交付し以て、公職選挙法一四二条所定の禁止を免れる行為として、右勝沢芳雄の氏名を表示した文書を頒布した、

というのである。

〔判断〕

そこで、右組合機関紙の頒布行為がいかなる条件のもとに、公職選挙法違反となるかを、つぎに考察する。

一、労働組合の機関紙と選挙運動の制限

労働組合の機関紙は、

(1) その頒布先が相当広範囲に亘り、多数人に報道、評論を提供し、

(2) 有償で(これには、その発行に要する経費が、組合員の拠出による組合資金によつてまかなわれる場合も含まれると解する)、

(3) 定期にくりかえして発行される場合には、新聞としての実体を具えるものであり、公職選挙法一四八条三項の形式的要件を具える限り、同条一、二項により、その報道・評論は、選挙運動の制限に関する規定、すなわち、文書・図画の制限に関する規定(特に同法一四六条)、事前運動の制限に関する規定の適用を受けないと解される。なぜならば、右機関紙は、その頒布先が限定されているとはいえ、読者に、判断の資料となる報道・評論を提供することを使命とするものであつて、一般の商業新聞とその軌を一にするものだからである。

かように、機関紙が、選挙運動に関し、公職選挙法上、新聞として扱われ得ることは、政治団体の発行する機関紙が、同法二〇一条の一三により、同法一四八条三項の形式的要件を具えると否とを問わず、新聞として扱われていることからもうかがえるところである。

而して、本件起訴に係る「国労静岡」が、国鉄労働組合静岡地方本部の発行する機関紙であること、及び、その昭和三三年四月三〇日付号外、第二八五号、第二八七号が、いずれも、公職選挙法一四八条三項の要件を具えていることは、押収してある右各機関紙(昭和三三年領一〇〇号の四・五・六)、証人長谷川弘俊の当公判廷における証言(被告人岡崎武については、第八回公判調書兼公判準備調書中同証人の供述記載、以下同様)によつて、これを認めることができる。

二、機関紙における報道・評論の限界

(一) 原則

公職選挙法一四八条の趣旨が、新聞の報道及び評論によつて、読者に正しい判断の資料を提供することを期待し、報道・評論の自由を保障しようとすることに在ると解するならば、その報道・評論には、つぎのような限界が考えられなければならない。すなわち、

(1) 単なる主観的な宣伝を内容とする記事は、報道・評論とはいえないのであつて、もつぱら、特定の候補者に当選を得しめる目的のみを以て、かような宣伝的記事を掲載するときは、同法一四六条に違反することとなる、

(2) 虚偽の事項を記載し、事実をまげて記載するなど、表現の自由を乱用するものであつてはならず、選挙に関する報道・評論が、その乱用に亘り、選挙の公正を害するときは、同法一四八条一項但書違反となる。

ということができる。もつとも、表現の乱用という概念をあまり広義に解釈すべきでないことは、報道・評論の自由を保障している同条の趣旨にかんがみ当然のことであり、前記例示の手段、もしくはこれに準ずるもので、選挙人の公正な判断を誤らしめる場合に限定せらるべきものと考える。

(二) 労働組合の機関紙の特殊性

(1) 一般に、機関紙は、特定の社会的・政治的、もしくは経済的立場をとる団体が、その決定した意思を伝達し、その団体の目的の達成に必要な評論を行い、成員相互の連絡を図ることをその使命とする。これを労働組合の機関紙についてみれば、主として、組合員の経済的地位の向上を図ることを目的とし、これに必要な限度で政治的評論をも併せ行い、組合員の社会的・政治的意識の向上を図るとともに、組合自身の行う政治活動を有効に展開することを期するものである。

(2) 而して、労働組合が、その経済的活動に附随して行い得る政治活動の内容や程度は、その必要性の度合いに応じて、具体的に決定されることになるであろうが、その機関紙において、特定の政党または候補者を推せん・支持し、もしくはこれに反対する旨を報道し、その解説を行い、もしくはこれについての意見を表明するなどの方法により、評論をなすことは、さきに述べた限界を逸脱しない限り、言論の自由として、許された行為であるということができる。けだし、憲法による労働権・労働基本権の保障は、或る程度の具体性をもつとはいえ、更に、立法によつていつそう具体化され得るものであり、従つて、立法機関の構成は、労働組合の関心事たらざるを得ないからである。

とりわけ、国鉄労組についてみれば、同労働組合の組合員が雇用されている日本国有鉄道は、独立の人事管理(国鉄法二六条以下)と、団体交渉による労使関係の自主的規整(公労法八条以下)、並に或る程度の独立採算制が認められているとはいえ、その財政は、国家予算に準じ国会の議決を経なければならない(国鉄法三九条以下)こととされているため、予算上、資金上不可能な支出を伴う労働協約や仲裁裁定は、国会の承認をまたなければ、その効力を発生するに由なく(公労法一六条・三五条)、しかも、争議行為を禁止された国鉄職員にとつては、仲裁裁定は、職員の労働権(労働者として、人間たるに値する生活をいとなむことの要請に基く権利)を確保するための重要な制度であるにもかかわらず、仲裁裁定は、その当初より、その内容、条件につき、国会の全面的な承認を得られぬことが多く、そのため完全に実施され難い実情にあつた。加うるに、職員に争議権が認められぬため、実力行動に訴えることが許されず、また実力行動に訴えるときは、組合の組織に混乱をまねくおそれのあることも予見された。そこで、国鉄労組としては、国会における政治力を介して、組合員の利益を擁護することを一つの方針とし、そのため、組合の利益代表や支持政党の党員を国会議員に選出することを必要とした(このことは、東京地方裁判所昭和二四年(ヨ)三五五八号、昭和二五年二月二五日判決、併合後の証人野々山一三、同千頭和錬太郎の当公判廷における証言、押収してある「仲裁裁定はいかに実施されたか」と題する冊子(昭和三四年領第三一号の一)によつて認められる)。従つて、国鉄労組が、その組合員の労働権を確保するために行う政治活動、特に選挙のための活動は、一般の労働組合のそれと比較し、強度にして、かつ広汎に亘り得るといえるであろう。

(3) 以上のようなしだいであるから、機関紙による報道・評論は、特定の政党もしくは候補者を支持・推せんし、またはこれに反対することになる場合が多いが、そのこは、報道・評論たることを妨げないものと解される。もとより、組合員が、いずれの政党もしくは候補者を支持するかは、その組合員の自由であつて、組合の組織強制の及ぶ範囲外であることは、いうまでもないところであるが、それだけに、特定の候補者に投票することを依頼する理由、もしくは、これを支持・推せん理由を掲載して、組合員を説得することの必要があり、それは正当な評論の範疇に属すると解される(ただ、単に、特定の候補者に投票せよというがごとき記事は、評論ということはできない)。

また、組合の執行機関などが、特定の候補者を支持・推せんすることを決定した旨を、通常の方法に従い、機関紙に記載することは報道に含まれ、さらに、選挙運動の実情を組合員に訴えて、その協力を求めるごときも報道・評論と考えてよいであろう。

三、本件各機関紙の記事

(一) 国鉄労組の選挙対策

国鉄労組は、敍上のごとき政治運動の必要性(二、(二)、(2))に基き、特に昭和二七年以降は、組合の利益代表もしくは支持政党の党員を国会議員に選出するため、これを支持・推せんする方針を明にし、昭和三三年四月中旬国鉄労組第四九回中央執行委員会においては、「総選挙を勝ちぬき、革新政党の伸張を図る」ことが決議され、「各地方本部推せんの組織内候補を援助する」、「職場内の選挙運動は、選挙の意義と労働組合の役割を明にし、家族を含めて、組合推せん候補の当選を期するよう努力する」旨の方針が定められた(このことは、国鉄新聞四九六号(昭和三四年領第三一号の二八)と前掲野々山一三の証言によつて認められる)。

敍上のごとき趣旨で国鉄労組静岡地方本部執行委員会も、昭和三二年秋頃から、勝沢芳雄を候補者として推せん・支持する方針をきめ、これに従つて、同人は、昭和三三年五月衆議院選挙に立候補したものである(右の事実は、併合後の証人千頭和錬太郎、同勝沢芳雄の各当公判廷における証言、ただし、被告人岡崎については、第八回公判調書兼公判準備調書中、証人勝沢芳雄の供述記載、によつて認められる)。

(二) 「国労静岡」二八五号、二八七号、昭和三三年四月三〇日附号外に、いずれも各起訴状に記載された趣旨の記事があることは、押収してある右各機関紙によつて明かである。そこで、つぎに、右各記事が、前敍の基準に照し、正当な報道・評論といい得るか否かについて判断する。

(三) 「国労静岡」二八五号

同号の本件起訴に係る記事は、候補者勝沢芳雄の寄稿した立候補についての所信(それは、要するに、自由民主党内閣の政治・財政の不当、とりわけ、労働者の立場や仲裁制度を無視する態度を非難し、労働者、ことに国鉄職員の要求の貫徹・生活の向上のためには国会における革新勢力の増大を図る必要があり、同人も、その趣旨で行動することを内容とする)を報道することを主たる事項とし、これに同候補者の写真を配するとともに、前段に認定した静岡地本執行委員会の決定に基き、同候補者を支持する旨を組合員に徹底するための記事と認められるので、いずれも、機関紙に許された報道・評論であるということができる。

(四) 同四月三〇日附号外

右号外は、右(三)と同様勝沢候補者の経歴と写真を掲載し、静岡地本が同候補者を推せん・支持することを決定した旨を報道したものであつて、経歴の記載は、推せんの理由ともなるものであるから、これもまた、正当な報道・評論と解することができる(その報道が通常の方法であることは、押収してある「国労静岡」一四六、一五四、一五五、二〇九(昭和三四年三一号の一七、一八、一九、二五)によつて認められる)。

(五) 同二八七号

同号の記事は、各地の選挙情勢を報道し、勝沢候補者を当選させるために、組合員がいつそう応援、努力すべきことを述べているのであつて、前二八五号の機関紙、号外などと総合してみるときは、これを以て、不当な評論とみることはできない。

要するに、労働組合の機関紙を新聞と認めその特殊性を肯定する限り、本件のごとく、組合として、特定の候補者を推せん・支持することに決定した旨の報道をなし、その理由となるべき資料を掲載し、組合員を説得して、その協力を求めることは、言論の自由として許されたところであつて、これを反対に解釈することは、機関紙の実態を看過したものといわなければならない。

四、組合機関紙の頒布

進んで、組合機関紙の頒布についてみると、公職選挙法一四八条二項が、通常の慣行として行われている方法に従い、継続的に行われる頒布行為を保護する趣旨であることにかんがみ、機関紙の発行頒布の事務を担当し、またはこれを補助しているものは、右条項にいう「販売を業とする者」に該当すると解される。従つて、

(1) 機関紙の頒布事務を担当するものが、通常の頒布方法に従わず、とりわけ、組合員を除き、通常の頒布先以外のものに頒布することは、右一四八条二項違反となり、

(2) 候補者または選挙運動員などが、候補者に有利な記事の掲載されている機関紙を入手して、専ら選挙運動に利用するため、これを頒布すること、とりわけ、非組合員に頒布することは、同法一四六条違反になる

と解釈することができる。

五、「国労静岡」の頒布方法

そこで、「国労静岡」の通常の頒布方法についてみると、併合後の証人長谷川弘俊の当公判廷における証言と被告人臼井静の当公判廷における供述を総合すると、

「国労静岡」の頒布事務は、主として、静岡地方本部教宣部長がこれを担当し、通常の発行部数一、五〇〇部位の場合には、列車便などで、静岡地本管内の各職場へ直接送付して、組合員に回覧させ、必要に応じて、組合員全員、または家族をも対象として、多数発行するときは、列車便のほか、郵送、個別的配布などの方法により、要するに、最も迅速に、読者に到達せめしるような方法がとられていたこと、

が認められる。

六、本件被告人等の頒布行為の適法性

(一) 被告人臼井の場合

被告人臼井の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する供述調書三通、並びに、証人林正人の当公判廷(昭和三三年(わ)第一四五号事件第五回)における供述によれば、同被告人は当時国鉄労組静岡地方本部教宣部長として、「国労静岡」の編集・発行及び頒布の実質上の担当者であり、本件起訴に係る各機関紙は、いずれも、組合書記などに手伝わせ、慣行に従い、事業用列車便で、静岡地本管内の各職場に送付したものであることが認められる)従つて、その頒布は、公職選挙法一四八条第二項に違反しない。

(二) 被告人松浦の場合

被告人松浦の当公判廷における供述及び同人の検察官に対する供述調書によれば、同被告人は、国鉄労組静岡地方本部執行委員をしているものであつて、本件起訴に係る各機関紙は、同被告人が、菊川駅にオルグ活動に行つた際、持参してゆき、組合員やその家族が読むであろうことを予想し、会合した組合員の席に散在せしめて、これを頒布したものであること、同被告人は、従来からオルグ活動に出るときは、ビラ、印刷物を持参して行つて、組合員に頒布したことが認められる。

ところで、前記五で認定したように、「国労静岡」の頒布業務を主として担当しているものは、静岡地本教宣部長であるけれども、組合役員らが、オルグ活動を行うに際し、指令や情報を徹底させるため機関紙を持参して組合員に頒布することは、その職責上当然認められたところということでき、また、機関紙を迅速に頒布するため諸種の方法がとられていることも、五で認定したとおりである。してみれば、同被告人の本件頒布行為も、公職選挙法一四八条二項に違反しないものと考える。

(三) 被告人青木、同岡崎の場合

被告人青木は、判示のごとく、国鉄労組静岡地本の地方委員をしていたものであるから、右(二)において述べたと同様の理由で同被告人は判示機関紙の頒布事務を担当するものでないとはいえない。また、被告人岡崎及び星野晃は、いずれも、被告人青木に依頼・教唆され(その教唆の態様が、他の文書におけると同様であることは、被告人青木、同岡崎、証人星野晃の当公判廷における供述、同人らの検察官に対する各供述調書によつて認められる)、同被告人に代つて、これを判示二及び前記公訴事実三(一)記載の日時・場所において、同記載のものらに頒布したものである(このことは、右各証拠によつて認められる)。従つて、被告人岡崎及び星野は、被告人青木の頒布業務を補助したものと解することができ、ただその頒布先が、通常の頒布先以外のものであるという点で、公職選挙法一四八条二項に違反するものと解する。

〔結論〕

かようなしだいであるから、被告人臼井静、同松浦茂の各所為は、いずれも、罪とはならないものであるから、右被告人両名に対しては、刑事訴訟法三三六条前段により、無罪の言渡をする。

また、被告人青木薪次、同岡崎武に対する右公訴に係る所為は、前敍のごとく、公職選挙法一四八条二項(被告人青木については、その教唆)に違反するが、検察官は、これを同法一四六条(前同)に違反するとして本件公訴を提起しており、訴因を変更しない限り、有罪の判決をなし得ない場合に該当すると解されるから、この点についても、右被告人両名に対し、刑事訴訟法三三六条前段により、無罪の言渡をなすべきである。ただ、被告人青木に対する前記公訴事実三(二)の所為と判示二、の所為とは、一個の行為にして、二個の罪名に触れるものとして起訴されたものと認められるから、特に主文において、無罪の言渡をしない。

第四、その他の被告人、弁護人の主張に対する判断

一、被告人青木、同岡崎及び同人らの弁護人は、同被告人らは、国鉄労働組合の正当な組合活動として、本件各文書を頒布したものであるから、その行為は罪にならないと主張する。

しかしながら、選挙運動の公平を期するため、文書の頒布を制限した公職選挙法一四二条、一四六条の趣旨にかんがみれば、法定外文書や脱法文書を配付することは、いかなる態容においても許されず、組合活動がこれによつて制限を受けるのはやむを得ないところであるから、右主張は採用しない。

二、本件各被告人の弁護人は、本件各起訴状には、各機関紙の記事内容が詳細に引用してあつて、裁判所に予断を生ぜしめる虞があり、右起訴状は無効である旨主張するが、右各記事は、犯罪事実の内容をなし検察官の主張にとどまるものと解すべきであるから、右主張も採用しない。

よつて、被告人青木、同岡崎に対し、訴訟費用の負担の免除につき、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢部孝 高島良一 谷口貞)

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